ABC10

ABC20215.1.4chGenelecGLM(Genelec Loudspeaker Manager)

地上デジタル放送が始まる以前のBSデジタル放送の時代から現在に至るまで、積極的にサラウンドでの制作に取り組んできたABCテレビ。2021年の時点では規格上5.1chまでの対応となる放送波ですが、新たな音声中継車で5.1.4chのイマーシブ環境に対応させたことには、将来を見据えた同社の取り組みが関係しています。

References | 朝日放送テレビ - 10年先まで見据えて誕生したイマーシブ対応の音声中継車

The Onesでのイマーシブ・システムが導入されたABCテレビの音声中継車

「いまは放送の規格の上限として5.1chまでなのですが、ARIB(アライブ=電波産業会)などの次世代放送の規格を議論する場所では、立体音響に対応させようというような議論も進んでいるようです。ですので、次の段階の放送は立体音響も流せるようになるだろうと。それに向けての試行錯誤を積んでいる段階ですが、10年、15年と使う音声中継車を考えた場合に、立体音響、つまりイマーシブへの対応は必要であると考えました」

こう語るのは、今回の音声中継車を担当した朝日放送テレビ株式会社 技術局 制作技術部の岩橋貞成氏。実際、ABCテレビではイマーシブに関係する実験を多数行っている最中にあるとのことで、先駆けて同社MA室も5.1.4chへと改修しています。こうした取り組みの背景を岩橋氏は次のように話します。

References | 朝日放送テレビ - 10年先まで見据えて誕生したイマーシブ対応の音声中継車

朝日放送テレビ株式会社 技術局、制作技術部 岩橋貞成氏

「もちろん、実際に放送波がイマーシブに対応できるようになった際には、現場からの生放送も考えていますし、収録でも現場できちんとモニターをして、それをMA室へ持ち帰って追い込むこともできます。また、私達としては“イマーシブで収録できる“という体制の中継車を用意しておくことに意味があると考えているんです。例えば、コンサートの収録があった時に、ABCテレビ以外の番組やイベントでもお貸し出しして使って頂くことも想定しています。現場で音が確認できるという意味では、天井に4つのスピーカーが最初から常設されていて、セッティングの手間なくモニターできる環境があることは、非常に意味があると思います」

音声中継車については道路交通法などの都合上、その構造や広さ、そして施すことのできる対策など、一般的なスタジオと比べて多くの制限が出てきます。イマーシブ・システムの導入というさらに難しい要求となった今回の音声中継車は、日本音響エンジニアリングが音響設計を行い、それに基づいて音声中継車について豊富な実績を持つ京成自動車工業が製造を担当。そのなかでも特にこだわったのが、スピーカーをできるだけ同じ距離で設置するということでした。

事実、音声中継車の内部に脚を踏み入れて最初に感じるのは、その天井の高さ。制作室となる部分は特注で作られたもので、天井高はおよそ2.2mを確保。この天井をえぐる形で、4つの8331が取り付けられ、フロントのL/C/Rchと等しい距離となるように設置されています。

References | 朝日放送テレビ - 10年先まで見据えて誕生したイマーシブ対応の音声中継車

音声中継車の天井に取り付けられたThe Onesシリーズの8331

「この天井の高さもできるだけ距離を確保するという狙いがありました。特に設置で苦労したのは、構造上、L/C/Rchと比べて位置が近くなりがちなリアのSL/SRchの位置の決定でした。リアのスピーカーの角度は110度から±10度くらいが理想なのですが、この音声中継車でフロントのスピーカーと同じ距離をとってその角度をつけると、どうしても横幅を超えてしまうんです。そこで距離を取るか、角度を取るかという聴き比べを何度も行いました。結果として、優先するのは角度として、その上でできるだけ距離を取ろうと、リアスピーカーの設置場所を水平位置から少し上にして仰角を付けて設置しています」

References | 朝日放送テレビ - 10年先まで見据えて誕生したイマーシブ対応の音声中継車

フロントに比べてどうしても距離が短くなることから、設置の面で最も苦労したと話すリアスピーカー。仰角をつけて水平よりも少し高い位置にセッティングされている

限りある空間の中で様々な試行錯誤を行いながら音響調整を行ったと振り返る岩橋氏ですが、その過程で大きな役割を担ったのがGLMソフトウェアでした。

GLM

「実は、Genelecを選んだ理由で大きな決め手のひとつとなったのが、GLMの存在でした。各スピーカーの角度調整や反射の吸音処理を行った上で、キャリブレーションを行って、そこから試聴と微調整を繰り返したんです。これは理想のモニター環境を構築するのに大きな手助けとなりました。周波数のディップのポイントを可視化してくれることも分かりやすかったですね」

References | 朝日放送テレビ - 10年先まで見据えて誕生したイマーシブ対応の音声中継車

GLMは、空間に限りのある音声中継車でのスピーカー・セッティングにおいて大きな役割を果たしたと話す岩橋氏

また、The Onesを選択したことについても、音声中継車にとって大きな理由があったようです。

「もちろん、導入にあたってはいくつかのモニター・スピーカーをお借りして比較試聴を行いました。その中でも、The Onesは様々なジャンルの音源を高域から低域まで、はっきりと再生しているな、と感じたんです。それに加えて音声中継車では、ミキサーの前に大きなTVモニターを設置する必要がありますが、それと干渉しないように設置しなければなりません。The Onesは同軸構造なので、横置きしてもツイーターの位置を左右対称にすることができて、定位がズレないということもメリットだと思います」

References | 朝日放送テレビ - 10年先まで見据えて誕生したイマーシブ対応の音声中継車

フロントのL/C/Rchで採用された8341

このように様々なこだわりと幾度にもおよぶ試聴テストを経て完成したイマーシブ対応の音声中継車。岩橋氏は、これからの制作についての意気込みを次のように話します。

「映画や家庭用の配信プラットフォームでも、Dolby Atmos対応という文字を目にする機会が多くなりました。また、この社会情勢のなかで巣篭もり需要が高まった結果として、サウンドバーの売上も好調と聞いています。そうした背景もあり、最初に申し上げたとおり10年、15年使い続ける中継車でも、5.1.4chは非常に重要だと考えたんです。一時期、番組制作でのサラウンド制作は減っていると感じている時もありましたが、今後もABCテレビとしてサラウンドを含めて、魅力に溢れる番組制作をもっと頑張って行きたいと考えています」