MIW@InterBEE2023
Genelec 創立45周年記念リファレンス・ディスク『SONIC DISCOVERIES』にみる「主観的イマーシブ」
リスナーが音楽家の中心に入って聞けるのが
私の主観的イマーシブのサウンドです。
「リスナーを囲むように360°に音楽家を配置することで、より音楽に入り込めるサウンドを作るのが目的です。そのメインとなるのが五角形に配置する5本のマイクで、高さと距離は音楽とミュージシャンのバランスによっても変わります。そこから少し離れたところにSLとSRのマイク、それとハイトの4ch、楽器によってはスポットマイクを用意します。1つスピーカーに対して1つのマイクという考え方なのでミキシングも楽なんです。ちなみに五角形のマイク形状は、私のノルウェーの友人が“スパイダー・ツリー”と名付けてくれました」
「Genelecからユーザーの環境に合わせて楽しんでもらえるリファレンス音源を制作しようという話を2年ほど前にいただきました」と、Mick氏が語る本作品は、オーケストラからピアノソロ、電子音楽、ジャズ、Mick氏のフィールドレコーディング作品まで全16曲を収録。
『SONIC DISCOVERIES』はCDとブルーレイオーディオからなる2枚組で、CDには16ビット/44.1kHzの音源を収録し、ブルーレイオーディオには24ビット/96kHzのステレオ音源のほか24ビット/48kHzのDolby AtmosとDTS-X(いずれも11.1ch)、24ビット/96kHzのAuro3D(11.1ch)のイマーシブ・オーディオ音源が収録されており、同一音源をさまざまなフォーマットで検証することが可能となっています。
このセミナーでは、24ビット/96kHzのイマーシブ・オーディオと同サンブルレートのステレオ音源を聞き比べていきました。
DEMO 01-02
「同曲 III. Scherzo (Presto)」
録音:シベリウスホール(フィンランド)
編成:ピアノ+弦楽四重奏
各楽曲ごとに録音時のマイキングの様子を写真と図版で紹介します。この楽曲では弦楽器隊の中心に5本のマイクをセット、それを取り囲むように計12本マイクを設置。
「メインとなるのは五角形の形状で設置された5本のマイクで、そのマイクを囲むように奏者を配置しています」 11.1chではピアノの美しい音色と残響、コントラバスの雄太な低音、各弦楽器のレンジの豊かさを見事に捉え、演奏者たちのなかに自分が入り込んでいるかのようなサウンドでした。2chは左右にバランス良く定位され、グッと密度のある音に感じました。
続いて同じくシューベルトの「Piano Quintet in A major, Op. 114, D. 667 “The Trout”: III. Scherzo (Presto)」も同じように11.1chと2chのバージョンを試聴。特に11.1chでは音の強弱で残響感も変化する、まさにホールで聴いているかのような音像が印象的でした。
DEMO 03
コンピューター・ミュージック
こちらは曲調もガラッと変わり、打ち込みと弦楽器が融合したトラック。Mick氏は作品のコンセプトについて説明しました。
「この作品ではできるだけ多くのジャンルのサウンドを取り込もうということで、この楽曲に関しては、ほとんど打ち込みで60ch分の素材とコントラバスの生演奏です。個人的にはホール収録も良いのですが、イマーシブ・オーディオにはこういったコンピューター・ミュージックもとても合います。ホールの生演奏だとハイトの表現は残響音が主体になりますが、打ち込みだとハイトに実音を持ってこられるので表現が広がります。これは大きな強みだと思います」
楽曲はクラシック楽器を用いつつもシンセやリズムなどに打ち込みを導入したアレンジで、11.1chはいろんな場所からさまざまな音が聞こえてくるという、意図して作られた3Dサウンド。個人的にはキックの柔らかい質感が印象に残りました。2chだと広がり感がなくなるぶん全体的に硬質な質感になり、ストリングスの音色がより旋律的に聞こえたのも印象的でした。
DEMO 04
三枝伸太郎、小田朋美
編成:ボーカル、ピアノ、チェロ
録音:三鷹芸術文化会館 風のホール
「El pilla-pilla」はピアニストの三枝伸太郎、ヴォーカリストとしてだけでなくCRCL/LCKSやceroのサポートメンバーとしても活躍する小田朋美のデュエット作。チェロには関口将史も参加し、疾走感のあるアンサンブルとジャズ・スキャットが印象的な楽曲です。レコーティングではPCMのほかDSDでも収録しており、そのマイキングのセット図もスクリーンに映し出されていました。
11.1chはヴォーカルに包まれる感じがあり、これはイマーシブにしかできない音像だと感じました。2chはとてもジャズ的なミックスで疾走感のあるサウンドが印象的でした。
DEMO 05
Juho Martikainen、Sami Mäkelä
録音:シベリウスホール(フィンランド)
編成:コントラバス、チェロ
こちらはGenelecのアート・プロデューサーでもあり、コントラバス奏者のJuho Martikainenとヘルシンキで活動するチェリストSami Mäkeläによる弦楽二重奏。
録音時のマイキングに関してMick氏が説明します。
「こちらもスパイダー・ツリーと両サイドSL、SR用に計2本と、ハイト用に4ch、それとコントラバスにLFE用のスポットマイクです。私のイマーシブ録音は基本的に11.1chで12本のマイクを立てています。私のやり方はあまりたくさんのマイクを使わないので、その分録音時にマイク同士の距離やバランスを取るのが少し大変です」
11.1chのほうは残響の空間表現があり、試聴席がステージの中央にいる感じに聞こえました。弦が擦れる音に臨場感があり、近いところで鳴っている音が自然に聞こえてきて、それがとても面白く感じました。2chはまとまりがあり、もっと近くで鳴っているように感じられるミックスでした。
DEMO 06
フィールド・レコーディング
場所:パラワン島(フィリピン)
最後はMick氏のフィールドレコーディングの楽曲で、フィリピンのパラワン島で録られた波の音の作品。
この素材が本作に収録された経緯についてMick氏はこう説明します。
「私がライフワーク的に行っているフィールドレコーディングの作品のひとつで、もともとこの作品に入れる予定はありませんでした。でも、Geneleccの社員の方が私の環境音作品を気に入って本ディスクにも収録することになり作品の冒頭と最後に収録しました」
延々と繰り返される南国の波の音は聞いているうちに心が弛緩するような癒しの音。11.1chは波の音が後ろのほうまで回り込んでくるのが印象的で、大自然のなかにポツンと一人で立っているような、そんな情景が浮かんでくるサウンドでした。そのことを公演後のMick氏に聞くと「フィールドレコーディングでも私の録音は“主観的”ですから、私自身がマイクを持って海のなかに入っていて録っています」と説明してくれました。
イマーシブ・サウンドの制作においては日本の技術は最先端
最後に今回のプロジェクトについての所感をMick氏が語ります。
「フィンランドを拠点とするGenelecのリファレンス音源がなぜ日本で制作されているのかというと、イマーシブ・サウンドの制作においては日本の技術は最先端であるからだと思っています。それがGenelec本国のスタッフにも伝わり、評価されたことがこの企画の実現につながりました。このプロジェクトを実現化してくれたシンタックス・ジャパンの村井清二さん、ジェネレック・ジャパンの村井幹司さんには多大なサポートをしていただき、感謝しています」
このセミナーのタイトルにもあるMick氏「主観的イマーシブ」なサウンドの魅力は、本講座の試聴でも十二分に体験できました。他のイマーシブ・サウンドとは一線を画した圧倒的な臨場感を、ぜひ『SONIC DISCOVERIES』で体験してみてください。
導入事例
Roxy Hotel - Smart IPで音楽をクールに楽しむ
「“クオリティ"という概念を伝えたい時、Genelecは最良の選択」― マンハッタンの4つ星ホテルがSmart IPを選んだ理由とは?
BRIAN ENO AMBIENT KYOTO - Genelecが空間をよりクリエイティブにする
Genelec が空間をよりクリエイティブにする。世界的な展覧会でGenelecが選ばれる理由とは?