MIW@InterBEE2023

Orchestra recording versionDolby Atmos

本題に入る前にイマーシブ・オーディオの概念について、イマーシブ・オーディオは優れた臨場感による疑似体験ができるコンテンツであること。それは音に包まれている感じがあり、かつその音に広がりがあり、高い音質であることと入交氏は説明します。(臨場感をどう表現するか、イマーシブ・オーディオの概念についての詳しい説明はこちらのセミナーもあわせてご覧ください)

そして、イマーシブオーディオの制作に関して、入交氏はこのセミナーで、チャンネル・ベースでの制作を推奨しており、それをベースに、各種フォーマットに変換を行う方法が良いと説明を続けました。






5.1.4

続く内容はDolby Atmos配信サービスの音質面について。

音声はドルビーデジタルプラス(DD+)に梱包され、16chで768kbps(Appleのサービスの場合)に圧縮されるため、1チャンネルあたり48kbpsになります。また、このフォーマットの特徴として「スペーシャル・コーディング」というオブジェクトを最大15ch+LFEにまとめる技術があります。つまり、これ以上の数のオブジェクトを制作しても、自動的に15chにまとめられてしまい「音質低下の原因になる可能性がある」と入交氏は説明します。そのためできるだけ音質をよくする方法として「チャンネル数の削減」を提案していました。

「5.1.4のチャンネル構成で制作すればチャンネル数は合計で10になり、スペーシャル・コーディングを回避できます。また、これより1チャンネルあたり76kbpsになるため、若干ではありますが音質を向上させることもできます」




本セミナーの題材となる作品『源氏物語幻想交響絵巻 Orchestra recording version』は冨田ワールドの集大成として評価されている2000年作『源氏物語幻想交響絵巻』のライブ・パフォーマンスを収録した3Dオーディオ作品です。本作はブルーレイ・オーディオとCDの2枚組でブルーレイ・オーディオにはステレオ(192kHz PCM)、5.1ch(192kHz PCM)、11.1ch(Dolby Atmos)、11.1ch(AURO-3D)が、CDにはステレオ(44.1kHz、MQA)が収録されています。また、Apple Musicによる配信は44.1kHz PCMと9.1ch(Dolby Atmos)となり、さまざまなフォーマットがあります。会場ではまずパッケージ音源の試聴比較を行いました。ステレオは濃密な音像で、5.1、11.1となるごとに音の広がりに加えて豊かなダイナミックレンジを感じられました。11.1chではAURO-3Dは24ビット96kHzとハイサンプリングレートのため、空間表現の再現性に優れる印象でした。


次に本作品の収録に関してマイキングの説明がありました。メインで使用したのは会場上部に設置された6チャンネルの変形デッカツリーで、こちらはステレオ用と両立させています。さらにクラシックの収録で左右サイドの集音に用いられる2チャンネルのアウトリガーも設置。それ以外に和楽器や打楽器、弦楽器などに近接マイクを用いています。まず、メインマイクであるデッカツリーとアウトリガーのサウンドをPro Toolsのセッションデータで試聴しました。ここでのポイントはアウトリガーの左右を、7.1.4chに合わせてトップミドルの左右に定位させること。これにより立体感のあるサウンドが得られていました。入交氏は「ステレオ定位で集音したマルチマイクの音でもこのように活用することで、どんどん3Dオーディオ化することができます」と説明します。




アンビエントマイクはミッドレイヤー、ハイレイヤー用に8本のマイクをオムニキューブとして設置。通常、2つのレイヤーの上下位置は1m程度の間隔でセッティングしますが、ここでは3m近くの間隔を持たせていました。その理由を入交氏は「1mで3msの到達時間差が出ますが、3m間隔を持たせることでミッドレイヤーが空中に浮いた感じが減らせるのではと考えました」と語ります。これらふたつ(メインマイクとアンビエンスマイク)でサウンド全体の9割程度は完成し、近接マイクで若干の音の芯を付加していったと説明しました。




もうひとつ、冨田作品の特徴的な部分としてミュージック・コンクレートについて、入交氏が説明します。「冨田さんのエフェクト音は4chのマスターがありました。これを3Dオーディオにするに当たって冨田先生の意思を崩さないようにするためにAuro-Maticというアップミキサーで11.1chにアップコンバートして、ハイトとミッドの音量調整を行いました」ここで先ほどのようにPro Toolsのセッションファイルから実際にセミナー会場で試聴すると、先述したミュージック・コンクレートを含めてとても立体的かつ繊細で、臨場感に溢れるサウンドに驚きました。

ここまでマスターに近いファイルフォーマットで試聴してきましたが、エンドユーザーに届ける際には納品形態が圧縮音源になることが多いのが事実です。先ほどのDolby Atmosの配信サービスに対応するために、入交氏は「5.1.4ch仕様のマスターを作り直した」と言及しますが、それに加えて行った処理についても説明します「MQAでエンコードすることで定位が良くなる効果があるので、この処理をしたあとでDolby Atmosにエンコードしました」


最後にApple Musicの配信を試聴。マスターの音質を聴いたあとということもあり、音の密度という面では多少の差異は感じましたが、立体的な広がりという意味では、かなり忠実な再現になっていることが印象に残りました。

今回のセミナーではDolby Atmosの音質という面にフォーカスし、前回のテーマでもあったチャンネル・ベースの考え方によってレコーディングした音源を、いかに優れた音質でエンドユーザーに届けるのかをテーマにした実践的な講座でした。エンジニア・制作者の目線ではとても実地的なノウハウも多くあり、実りのあるセミナーでした。