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立命館大学は、京都の衣笠キャンパス、滋賀のびわこ・くさつキャンパスに次ぐ主な拠点として2015年、大阪いばらきキャンパス(OIC)をオープン。「ソーシャルコネクティッド・キャンパス」をスローガンに、地域社会との繋がりを重視し、キャンパス内のB棟(FUTURE PLAZA)にはイベント・ホールやカンファレンス・ホールを設け、さらに完全防音の音楽室も一般に開かれています。ガラス張りの施設も多く、とても開放的な雰囲気を感じる大学キャンパスです。

「ここに来られるとき、公園を目にされたと思います。お気付きかと思いますが、茨木市が管理するこの岩倉公園とキャンパスの間に塀は設けていません。このような社会共生や連携の在り方もOICの特徴のひとつです」

こう教えてくれたのは立命館大学映像学部の教授で、かつては『魔界転生』(1981年)、『男たちの大和 / YAMATO』(2005年)、『利休にたずねよ』(2008年)、『海難 1890』(2015年)などの映画やドラマの数々に録音技師として従事した松陰信彦さん。二度の日本アカデミー賞最優秀録音賞を受賞するなど、現場での経験も豊富なエンジニアでもあります。

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立命館大学映像学部 松陰教授


映像学部は日本の大学で唯一、“学部”の冠を持つ映像の研究・教育機関であることが大きな特徴ですが、そのことによるメリットについて松陰教授は、「異なる学部の生徒との横断的な交流や物づくり」を挙げます。例えば、映画に興味を持っている文学部の学生が、映像学部の学生が手掛ける自主制作や卒業制作のスタッフとして加わり、一緒に映画を作ることもあるそう。いわゆる映画サークルでは味わえない、本格的な制作フローに基づいて多くの仲間たちを巻き込んで進んでゆく映画特有のダイナミズムが体験できるのです。そして、松陰教授は本学部のコンセプトについて次のように語ります。

「基本的なコンセプトは、単なる技術者ではなく、プロデューサー・マインドを持った人材を育てること。僕はここで、音響エンジニアを育てようとはこれっぽっちも考えていません。映像学部では私が担当する〈映画芸術〉のほか、〈ゲーム・エンターテインメント〉〈クリエイティブ・テクノロジー〉〈映像マネジメント〉〈社会映像〉という5つのゾーンを展開しています。普通、芸術大学などでは入学後、演出や撮影、編集、録音といったコースに分かれますよね。本学にはそれがありません。CGやプログラミングなど多様な授業を組み合わせ、いろんな分野を学べるようになっています」

卒業生の主な就職先について伺うと、一般企業のほか、映画やゲームの制作会社、放送局や広告代理店などに採用される学生も多いそうです。

「映像制作だけに留まらず、プロデューサー・マインドを活かして企画職に携わる卒業生も多いですね。そして、企画を立てたり、監督したりする人は音響のこともちゃんと分かっていることが大事です。音響エンジニアやクリエイターがやろうとしていることをしっかり汲めるようになるには、そのことを体験的に知っていなければなりません。そのためにもこういう施設で学ぶことは大変有益だと思っています」

「映像音響としてのイマーシブにはいろんな議論がありますが、Dolby Atmosなどのフォーマットがいくら優れていても僕は基本的には映像ありきだと思っています。例えば4:3のスタンダード画面で、出役が二人きりの恋愛ものだったら、上もサラウンドも必要ないかもしれない。これが『トップガン マーヴェリック』のような作品であれば効果は絶大。今までにない世界が作れますよね。でも大事なのはやはり映像、つまりお芝居に対してどんな音が相応しいのかということ。また、僕らにとって映像音響というものはフレームの外をいかに表現するかという点も大事で、そういう意味ではイマーシブも大変魅力的です。ただ、“後ろに音があるな”と観客に感じさせてしまったら、僕らは負け。イマーシブすなわち没入ですから、そこに意識がいってしまう時点で作品に対する没入感を妨げてしまいます。音に包まれていることをあまり意識させずに、見終わってから“あれ? いつもの映画と違ったね”と感じてもらえるのが一番いいのかなと思います」

さらに、映像における音響の役割について尋ねると、次のように話します。

「映画にとって、音声は良くて当たり前。セリフが聴き取れない、ノイズが多い、バランスが悪いときにはじめて音に気付きます。“あの場面のセリフの音質はいい”とか“あの声のローの出方は良かった”なんて(笑)、僕らはあるけれど、一般の人にそんな感覚はないですからね。悪くてはじめて観客に気付かれるのが僕らのパートなんです。だから、僕が学生に言うのは“10人いたら最低でも9人が納得するようにしなければダメだよ”ということ。その中で、あえて常識を外すという狙いはあってもいい。ただし、“常に観客の目を持って作ろうね”ということなんです。音で説明される必然性というか、映画におけるリアルがある。その中でどれだけ嘘をつけるか。そこを考えて欲しいということはよく言っています」

このように映像に対する音の立ち位置を明確に語る松陰教授ですが、Genelecスピーカーの音質にはどんな印象を持っているのでしょうか。

「実は最初にGenelecスピーカーを導入したのは、MAルームがまだ衣笠キャンパスにあった時のことでした。2009年頃に、コンソールをアナログからデジタルのAVID S6に入れ替えたのですが、このタイミングでスピーカーもステレオから5.1chに更新することにしたのです。スピーカーの選定基準としては、まずパワードにしようというのがありました。理由は、学生が使うこともあり、メンテナンスもやりやすいからです。そして、当時すでにGLMソフトウェアが利用できるのも大きな理由となり、この時は2ウェイのスマート・アクティブ・モニターを導入しました。その時から、音が素直なスピーカーという印象に変わりはありません。今回新たに導入したのは全て同軸3ウェイとなるThe Onesシリーズで、定位に関しても濁りがないという印象ですね。この定位感はすごい。同軸構造のメリットがよく表れていると思います。学生にDolby Atmosを体験させるため、『トップガン マーヴェリック』の戦闘シーンをここで観てみると、映画館よりも音の解像度が圧倒的に高く、音のディテールがちゃんと出てくるのが分かります」

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今回、MA Room、Sound Design Room、Foley Roomの全室に導入されたのが、「The Ones」同軸3ウェイ・ポイント・ソース・モデル。写真はSound Design Roomの8341。


Genelec独自のスピーカー・マネージメント・ソフトウェア「GLM」は、その豊富な機能のひとつに設置場所に対してスピーカーを最適化させるオート・キャリブレーション機能を備えていますが、そのメリットについて松陰教授は次のように話します。

「部屋に合わせた補正を一気に進めてくれるのがGLMのいいところでしょう。我々は音の補正や加工にもいろんなプラグインを使っていて、なかにはAI機能を持ったものもあります。こうしたソフトは限りある時間の中で試行錯誤の手間を省いてくれるのがメリットのひとつです。実を言いますと、以前はこうしたAIには抵抗を感じていたのですが、非常にタイトなスケジュールの仕事をこなすため、AI搭載のマスタリング・ツールを試したところ、時間のかかり方が全く違ったんです。GLMもそれと一緒で、短時間で追い込めるのがいいですね。一度使ってみたら、もう元には戻れません」

もちろん、OICの各ルームでもGLMソフトウェアを使った調整が行われています。取材日も、2つのMAルームでGLMを使った補正が行われました。MAルームのスクリーンは音響透過型ですが、以前行ったキャリブレーションはスクリーンを上げた状態で測定していたため、今回はスクリーンを下げた状態で再測定を行いました。

「僕らがやっている映画の仕事ではやはりセリフがメインになりますので、センター・スピーカーの抜けの良さが大事になります。セリフの抜けが悪いと、音楽やSEが鳴っているL/Rスピーカーに負けてしまうんです。映画用にバランスをとった時に、セリフがすっと前に出てくれればいいわけです。GLMによって短時間でこうしたリファレンスが作れるのはいいですね。基本的に、どの部屋でやっても同じように作業できるのが理想です。スピーカーとの距離は変わるから聴こえ方は変わりますが、音の出方は変わらないというのが一番いい。そのために、全ての部屋をGenelecで統一しているわけですから」

取材時に拝見した6つのルームに導入されたGenelec スピーカーは次のとおり。リファレンスが即座にとれるGLMが、こうした複数のルームを持つ施設でも不可欠なツールとして活用されています。

「いい映画を観た」と言える体験を振り返れば、もちろん音から来る感動も少なくありません。昨今、音響にこだわった映画館が話題となるのは、映画にとって音も重要な要素だと捉える観客の価値観の変化の現れでもあると言えます。

最後に、松陰教授からのコメントで締めくくりたいと思います。

「この映像学部には、時代の先端を行く贅沢な音響施設があり、素晴らしい仲間たちがいます。今日は音響についてのお話でしたが、もちろん映像の機材も非常に充実しており、いろんな可能性やチャンスに満ちています。自分で何かを創り出したいと思う人にぜひ門を叩いて欲しいですね」

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